ゲルハルト・リヒター

<p>香港のギャラリーでゲルハルト・リヒターの小品を見る機会があった。3日目で多少疲れてもいたけれども、じっくり鑑賞以上に、隅々まで観察する事が出来た。『ディベータブル』展で、友人のヴァールがジェッソを使った新作を発表をしたのだが、完成するまでの間、2人の間でエクスペリメンタルについて会話をする時間も多かったので、自分のなかで挑戦してみたい気持ちも芽生えてきている。</p>

ヒューマン・スプリング HUMAN SPRING

志賀理江子『ヒューマン・スプリング』展を東京都写真美術館

 

作品の数はそれ程多くは無かったけれど、作品の展示に壁やフレームを一切使わずに、

 

以下は引用・・・

東京都写真美術館では、独自のフィールドワークを元に制作する作品群で、日本国内のみならず、国際的な注目を集める写真家 志賀理江子の新作個展「ヒューマン・スプリング」を開催します。  
2006年、作家は展覧会参加のため初めて東北を訪れました。その後2008年から宮城県に移住し、土地に暮らす人々と出会いながら作品を制作する生活のなかで、長く厳しい冬を打ち破るよ うな東北の春に惹かれていきます。変わりゆく季節から溢れ出る強烈な生のエネルギーが、同時に死を抱え込んでいることに共感した作家は、人間があらゆる位相でさまざまなイメージを求め続ける理由の源をそこに見出し、追い、また、それらが社会にどう繋がれているのかを知ろうとしました。  
2011年3月の東日本大震災で、多くの人々の命が一瞬で奪われることを目前にした作家の壮絶な体験は、深く心に刻まれました。時空の裂け目に飛び込むような写真表現は、自らの衝迫と重なるものと言えるでしょう。  
本展覧会では、現在を生きる私達の心身の衝動と反動などに焦点をあて、日本各地の様々な年代、職業の人々とともに協働し制作した新作を、等身大を超えるスケールの写真インスタレー ションで構成します。平成が終わる大きな節目の春に精神の極限を見つめ、現代の社会と個人、自然と人類の関わりを編みなおし、生の解放される場となれば幸いです。

志賀理江子 Shiga Lieko
1980年、愛知県生まれ。2000年東京工芸大学写真学科中退後渡英、04年Chelsea College of Art and Design(ロンドン)卒業。2008年より宮城県在住。11年東日本大震災で被災しながらも制作を続け、12年 「螺旋海岸」展(個展・せんだいメディアテーク)開催。その他、15年「In the Wake」展(ボストン美術館)、「New Photography 2015」展(ニューヨーク近代美術館)、17年「ブラインド・デート」展(個展・猪熊弦 一郎現代美術館)等多数。

追/考 ディベータブル

注目

アダムス・ヴァール/村井旬
Adams Verl Jun Murai

会 期|2019年4月6日(土)~14日(日)
休 廊|4月10日(水)
時 間|13:00~20:00(最終日は18時まで)
会 場|珈琲珈琲焙煎舎・2階の部屋[入場無料]
問合せ|〒183-0045東京都府中市美好町2-17-10
℡FAX |042-319-8684

http://

展示のお知らせ

上記の通り府中市内にて写真展を開催します。

現代写真の領域を拡大する

ディベータブル”とはプラットフォームです。現代写真の可能性を継続的に考えてみることを目的としています。作品発表を中心に様々な人達と議論を重ね、自身の考えを検証します。





東京都写真美術館 “Into the Pictures”

久しぶりにここに書いている。

恵比寿に用事があったので、東京都写真美術館で開催中の “Into the Pictures”を見てきた。内容は、夏休み期間中ということなのだろう、美術教育的な創りになっていた。

 

特筆すべきことは展示方法だった。展示されている写真作品は白マットにシルバーのアルミフレームに入れられていた。(アクリル圧着や、木フレームなど、シート単体で取り出せない作品は、オリジナルの状態のままでした。)しかもすべての作品の隣には薄いグレーの番号表記のみ。手元の資料で番号を確認することで、目の前の作品が誰によって写されたものか分からないようになっている。

 

この二つの条件を整えたことによって、写真作品の背後にあるはずの歴史や文脈、鑑賞者の思い込みなど、すべてが洗い流されていたようで、とても新鮮な気持ちにかえって作品を見ることが出来た。

 

当日は学芸員のギャラリートークも聞くことが出来た。余談だけれど手話通訳付きだった。担当学芸員の意図から少し外れている見方かもしれないけれど、写真を美術館で意識して見始めた頃の自分に戻った気がした。印象深い展示でした。

 

東京都写真美術館 イントゥー・ザ・ピクチャー

https://topmuseum.jp/contents/exhibition/index-3050.html

講座「写真家が一番カッコよかった時代 -1960~70年代の日本写真史を紐解く-」を受けてみて

少し前にも書いたように、「写真家が一番カッコよかった時代 -1960~70年代の日本写真史を紐解く-」を受講した。これまで日本写真史について、このように教わったことがなくて、全て本と展覧会からの知識でしかなかった。たった4回だけだったことが残念に思えるくらいに、自分としては満足な内容だった。60〜70年代という、優れた写真家を多く輩出した時代でもあり、同時代についての書籍も数多くあるのだけれども、飯沢氏による写真集を教材とした話しは期待以上のものだった。作品の裏側にある、当時の人物関係の詳しい説明も興味深く、作品がどのように出来上がっていっていくのかを知る事ができた。
写真史についてついて学ぶことが出来たので、次回は美学(写真)について学んでいきたい。

おまけ
昨年観た展示の1つに会場αMがある。「αMプロジェクト2017 鏡と穴-彫刻と写真の界面」ここでのギャラリートークが動画YouTubeで誰でも観られるようになっている。

galleryalphaM 鏡と穴 で検索してもらえると見つけ出せます。

まける写真

昨日友達と入ったカフェで、いつものようにお互いの近況について話しをしていた。頼んだコーヒーを一口飲んだ後、去年見た展示についてだったり、最近見た写真集についてなど、色々な角度から最近の美術について話しあった。そんななか、ぼくが昔しに「写真は絵画などと比べて、とても弱いメディアである」ということを力説したというこを振り返るような話題が、どこからともなく始まった。僕は昔に写真と額についてリサーチしたことがある。その結果は写真は物質的な観点から判断してもやはり弱い。東日本大震災以後に現れた、数多くのドキュメンタリー作品は、そのテーマの大きさ故に強く映るがが、実は鎧に守られているのと同じことだと思う。そのようなことを言って、昨日は終わった。

一夜明けて今日、お昼ご飯を作りながら突然頭に思い浮かんだ疑問は、近年儚い画面を作り上げられている写真作家は誰か?前日の写真は弱い。勿論これとは観点が違うのだが、ここへたどり着くヒントには十分だった。では一口に”儚さ”と言っても、その表現は様々あるはず。そこで思い出した本がある。「負ける建築」隈研吾著。隈さんの本は、まだ2〜3冊ほどしか読んでいないが、とても読みやすいと記憶している。建築家の友人からもプッシュされているこの本、やっぱり読んでみたくなった。強くなきゃ意味が無い。常に強いものが評価されたバブル期。だれもが浮かれて、たまには大見得を切らなくては生きていけなかった時代。そのあ自分の弱さを認め、人々に認められる作品を作り続ける道を見つけ出せたのが著者なのじゃないだろうか。僕自身、これまで強いものを写したいと思ったことは無いのだけれど、(しかも写真の場合はその現場に行かないといけないという制約がある)弱いものを撮り続ける理由にまだ幾つものの迷いをもっている。

写真は強いのか、弱いのかは人によって考えは違いそうだ。写真というメディアの特性について長い間考えてきて、それを作品化してきたけれど、今年は強さと弱さについても掘り下げてみたいと思う。 むらいじゅん

セルフポートレート

Self Portrait 06

昨年の後半から、Facebookにセルフポートレートを継続的にアップロードしている。今のところ合計22枚、今後も継続していく予定。始めた理由は、これまで自分のやっていなかった、経験値の少ないことは何だろうと考えて見つけ出したのがセルフポートレートだった。人物は、写真にとっても、全てに表現にとって永遠のテーマ。実際に自分で自分を撮影してみると、その過程でこれまでには考えもしなかった問題を突きつけられるので、やりがいはとても大きい。絵画では自画像はかなり当たり前のことで、これまでにも会場で見る機会は数多くあった。しかし、写真で”セルフポートレート”は、書籍の著者像と同じ位、その人物の容姿を確認するための撮影しかされない。実際に自分で自分を撮影して、Facebookにアップすることの回数を重ねてみると、自分のなかに新しい観察力が成長してきていることに気がついてきた。発見!と驚いたことは、実はそれまでの自分には見抜ける力が不足していただけなのだと思う。セルフポートレートはフレッシュな気持ちが続くかぎりは、継続して、その中で知らないにぶつかったらそのたびに乗り越えていくつもり。

写真家が一番カッコよかった時代

今年後半になって写真集にまつわるものに参加する機会が増えてきている。11月より近代日本写真史の講座に通っている。飯沢耕太郎(写真評論家)による、「写真家が一番カッコよかった時代 -1960~70年代の日本写真史を紐解く」。既に半分を聞き終えた。これまで、本でしか読んだことが無かったことを、その時代に出版された写真集を開きながら当時のエピソードを聞のがとても面白い。また、自分の中に散らばっていた知識が整理され、1つの時間軸に沿って順序立てられるので、とても為にもなる。残り後2回。続きが楽しみ。

11/24 vivo(ヴィヴォ)の時代 -東松照明、奈良原一高を中心に-
12/22 provoke(プロヴォーグ)の時代 -森山大道、中平卓馬を中心に-
01/12 荒木経惟の疾走
01/26 牛腸茂雄のまなざし

展示:《ヨコハマトリエンナーレ2017ー島と星座とガラパゴス》

展示

ヨコハマトリエンナーレ2017ー島と星座とガラパゴス

 

IMG 1127

 

午前11時に横浜美術館に入って、最後のバンクアートの展示を見終えたのが午後7時でした。

1日中、ず〜っと作品を見続けて、終わりの日産アワードの頃には若干頭の中が朦朧として来ていました。

幸せな1日でした。

3年後の展示に期待。

 

展示:荒木経惟ーセンチメンタルな旅1971-2017ー

 

東京都写真美術館

《荒木経惟ーセンチメンタルな旅1971-2017ー》

 

すごく久しぶりに、荒木経惟の展示に行ってきた。

どの写真もものすごく自然に見えてしまいました。

そこはやはり天才アラーキー、鑑賞者の心に訴え掛けてきました。

次ぎの展示は・・・

《長島有里枝ーそしてひとつまみの皮肉と、愛を少々。》

どんなふうな展示にするのか楽しみです。