リナ・ボ・バルディ展

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リナ・ボ・バルディ展ーブラジルが最も愛した建築家

2015年12月4日[金]−2016年3月27日[日]

主催:ワタリウム美術館
助成:駐日ブラジル大使館、ブラジル文化省
協力:リナ・ボ & P.M バルディ協会(サンパウロ)
監修:妹島和世
会場デザイン:周防貴之
グラフィックデザイン:グルーヴィジョンズ

 

いま、東京都心の美術館という狭い範囲では3つの建築家展が同時開催されています。『リナ・ボ・バルディ展』の他にも『フランク・ゲーリー展』と『フォスター+パートナーズ展』を見ることが出来ます。3つも、それも日本人以外で・・・なぜなのでしょうか?そのヒントとなりそうなものを見つけました。リナ・ボ・バルディ展の入り口の開催者挨拶のなかに、新国立競技場の建て替えについて書かれいます。その他にも、ワタリウム美術館が新国立競技場予定地に距離が近い、リナ・ボ・バルディ氏はザハ・ハディド氏と同じ女性建築家、さらには監修は妹島和世氏ということもあって、来場者に大きな施設建築についてメッセージを送りたかったのかもしれません。

 一番初めに知ったことはリナ・ボ・バルディ氏がローマ生まれで、結婚、移住をしたことでブラジル国籍へとなった人だということです。3階展示室には、氏がデザインした椅子などの家具、そしてブラジル北東部・バイーア地域で出会った民族工芸品が並んでいます。4階展示室へいくと、氏の経歴や手紙、写真など様々なことを知る事が出来る展示内容となっています。

 全体的な印象としては、リナ・ボ・バルディ氏の作品を見る・知るというよりも、サブタイトルに記されているように、なぜ人々に愛されてきたのか。その理由を伝えることの方に比重があった気がします。個人的に共感したのは、氏の言葉です。展示室の壁面上方に爽やかなピンク色の軽めのフォントで数行ですけれど、引用された言葉が書かれていました。スケッチも量は多くは無いのですけれど、間近に見ることが出来ました。

街というのは公共の場であり、
すばらしい展覧会の場、美術館となり、 開かれた本のように多くの情報を見せています。
リナ・ボ・バルディ 1951年

記憶のための場所?それとも有名なミイラを納める墓?人類の遺産をしまっておくための倉庫?それはもともと人が人のためにつくっていたものだったけれど、すっかり時代遅れになっていて、ため息まじりに扱われるようになった…そんなものを保管するための場所?いいえ、そうではないのです。これからの博物館は、扉を開け放ち、フレッシュな空気と光を採り入れるべ きなのです。
リナ・ボ・バルディ 1953年

破れた屋根から落ちてくる雨にもかまわず、子供たちは駆け回り、若者たちはサッカーを楽しんでいます。 水たまりに入ったボールを蹴りながら笑っています。 この幸せをこのまま、すべてはここにあり続けなければならない。私はそう思いました。
リナ・ボ・バルディ 1986 年

ブラジルの北東で過ごした 5 年間の経験を最大 限に活かしました。それは、あたりまえの経験を することでした。それは民俗的なロマンティシ ズムに酔うことではなくて、シンプルにしてみるという実験でした。
リナ・ボ・バルディ

深いところでは、 私は建築を詩のような集合的な事業としてとらえています。
リナ・ボ・バルディ

*ワタリウム美術館・ホームページより

会場にいくと、なんでもないA4のプラスチックのファイルに氏の原稿を日本語で読むことが出来ます。(あれ何処かで手に入れられないのかな?)経歴の中にもあるように、活躍の場を建築家としてだけではなく評論のほうにもあるからなのか、パートナーが美術評論家からなのか、建築作品と同様、内容も面白かったです。

略歴:リナ・ボ・バルディ
1914 ローマにて誕生。
1934 ローマの美術高校を卒業、ローマ大学建築学部に入学。
1940 ローマ大学を卒業後ミラノに移り、ジオ・ポンティのもとでインテリアデザインから
都市プロジェクト、そして雑誌の記事やイラストの仕事に取り組む。
1946 美術評論家でディーラーのピエトロ・マリア・バルディと結婚、
戦争で傷ついたイタリアを離れ、ブラジル・リオデジャネイロに移る。
1947 サンパウロへ移り、ピエトロが館長となったサンパウロ美術館がオープン。
1948 インダストリアル・デザイン会社のダルテ・パルマを設立。
1951 初めての建築作品であり自邸、カーザ・デ・ビドロ ( ガラスの家 ) が完成。
同年ブラジル国民となる。
1959 ブラジル東北部の文化的に重要な地域、バイーア現代美術館の館長となる。
多くの前衛芸術家らと知り合い、彼らの演劇の舞台美術や衣装のデザインを行う。 1963 植民地時代の古い複合建築をリノベーションし、バイーア現代美術館に
工芸の研究施設・工房・インダストリアルアートの学校を加えた ソラール・デ・ウニャオンを建設。 バイーアの工芸品に魅了され、その魅力を広く伝える。
1968 サンパウロ美術館 (MASP) が完成。 アートと工芸をテーマに、リナ自身も様々な展覧会を企画。
1977 最大のプロジェクト SESC ポンペイアの依頼を受け、 古い工場を公共のスポーツ文化センターにリノベーションする。
1986 バイーア州サルヴァドールの旧市街の修復プロジェクトがスタート。 1990 サンパウロのシティ・ホールの設計がスタート。
1992 シティ・ホールの改築の途中、自邸にて生涯を閉じる。
*ワタリウム美術館・ホームページより

ファッションジャーナル

 毎週木曜日の朝刊に掲載されている、ファッションに関する小さな記事を楽しみにして読んでいる。今週のタイトルは『装いの都、パリとミラノで今月、2016年秋冬メンズコレクションが開催された。』このなかで、後半にファッションは時代を映す鏡。という、一文が出てくる。この記事の中に、昨年11月のテロについて、ファッションデザイナー達が、あの事をどのように捉え、作品の中でどのように表現をしているのかを伝えていた。絵画や彫刻、写真を含め、いわゆる美術に関する記事でも、社会との繋がりを視野に含め、展覧会を伝えてくれる記事を見つけて、読んでみたいと思わせるものでした。

ザハ・ハディッドは語る

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ザハ・ハディッドは語る (The Conversation Series)

ハンス・ウルリッヒ・オブリスト(著), ザハ・ハディッド (著), 瀧口 範子 (翻訳)


■目次

  • I 美術館の可能性
  • II 展覧会をデザインする
  • III BMWライプツィッヒ工場を語る
  • IV 社会的複合性とは何か
  • V ロンドンでロンドンを語る レム・コールハースを迎えてのマラソン・インタビュー
  • VI ザハ・ハディッドが語るザハ・ハディッド レム・コールハースを迎えてのマラソン・インタビュー語のインタビュー
  • VII 中東でのプロジェクトを語る
  • 訳者あとがき 瀧口範子

ザハ・ハディッド氏は、気になる建築家の一人です。先日吉祥寺へ行った時にのぞいた本屋さんで偶然見つけました。 第一章の「美術館の可能性」。建築家がファインアートを語っている言葉の端々に挑戦的な姿勢が垣間見れました。 写真でも受注されて一作品をクライアントの為に作ることもあります。建築も同様に受注を受けてから作り始めるのですが、出来上がりには機能や安全を求められます。自分の作りたいものを作る上では、どこか妥協をしなくてはならないのではないでしょうか。それが窮屈だと感じてしまうと、建築家は続けるのは心に病を抱えながら生活をしなくてはならないのでしょう。この本はインタビュー形式になっていて、翻訳の問題なのか、読んでいてニュアンスを掴みきれないもどかしさが募りました。中身はザハ氏による、既存の建物には無い新しい提案や、新人の頃からのお話など、細かくではないのですが、リズムカルにまとめてあります。ある章では、本人の卒業論文でもある、「美術館」についてが語られています。建築家の視点から辛辣に、これまでの美術にたいしてすべてが保守的で美術家が行っていることが如何に常識に囚われていると指摘しています。舞台が非対称だと何故踊れないのか?ホワイトキューブで絵を見せることが、どうしてなんで。これまで数多くの挑戦が、彼女の創作意欲をかき立ててきているのは明かです。 建築家の視点を知るにはいいかもしれません。

Ocean of Images: New Photography 2015

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Ocean of Images: New Photography 2015

MoMAの”New Photography”シリーズ今年版です。30周年にあたる今年からビエンナーレ形式にするとのアナウンスがありました。19人の写真作家は14カ国から集められています。展覧会タイトルになっている、オーシャンは、現代写真の進化した姿を現しているそうです。詳しくはネットサーフィンをして、情報の渦に巻き込まれることが必要みたいです。展示の一部はブログでも見ることが出来ました。そして、Utubeには、シンポジウムの模様もアップされています。(共にオフィシャルホームページ上にあります)。シンポジウムのなかでは、オーシャンの意味について、話していますので、知りたいかたは是非みてみてください。14カ国から作家を集めて、この先写真というメディウムが何処へ向かっていくのかを占う意味でも、大胆な内容なのではないでしょうか。

出品作家
Ilit Azoulay (Israeli, b. 1972)
Zbyněk Baladrán (Czech, b. 1973)
Lucas Blalock (American, b. 1978)
Edson Chagas (Angolan, b. 1977)
Natalie Czech (German, b. 1976)
DIS (Collective, founded U.S., 2010)
Katharina Gaenssler (German, b. 1974)
David Hartt (Canadian, b. 1967)
Mishka Henner (British, b. Belgium 1976)
David Horvitz (American, b. 1982)
John Houck (American, b. 1977)
Yuki Kimura (Japanese, b. 1971)
Anouk Kruithof (Dutch, b. 1981)
Basim Magdy (Egyptian, b. 1977)
Katja Novitskova (Estonian, b. 1984)
Marina Pinsky (Russian, b. 1986)
Lele Saveri (Italian, b. 1980)
Indrė Šerpytytė (Lithuanian, b. 1983)
Lieko Shiga (Japanese, b. 1980)

本:“芸術”が終わった後の“アート”

Art in a new world


“芸術”が終わった後の“アート” (カルチャー・スタディーズ)2002/2 著者 松井 みどり

先日、仕事の帰りに立ち寄った書店で購入。

特に興味深かったのは、後半です。美術の視点から近代〜現代写真史を語っているあたりは、納得できることが多かったです。初版は2002年ですので、もっと早くこの本と出会えていたらとも思わされるほど、いま読んでも得るものがありました。

彫刻の呼び声

彫刻の呼び声


本:『彫刻の呼び声』峯村敏明著

少し前の話になりますが・・・。『彫刻の呼び声』峯村敏明著を読み終えた。彫刻史についての予備知識が極体に少ない私にとって、始めて耳にする作家も数多かったので、読み進める度に、理解することに困難な箇所に出会う。しかし、一度最後まで読み終えたいま、自分の中での彫刻の変遷について知識が体系立てられてきていることに気がついた。
きっかけは、日本の彫刻史について、知りたいと思ってこの本に出会った。日本の彫刻史は西洋と比べるととても、入り組んでいるのでは無いだろうか。系譜についても、もっと知っておくことで彫刻の現在を、もっと深く理解出来るのだと思う。

「建物に住む」展 川口市アトリア

今日は、川口市立・アートギャラリーアトリアにて5月に開催される、masuii R.D.R.の担当の方と「建物に住む」展の打ち合わせで、会場へ出かけてきた。今回の企画展示は「ますいいリビングカンパニー創立21周年記念事業」の中の1つです。展示室は大きく分けて3室。それぞれ、異なるタイプのものが展示される予定です。
建築部門は、メインエントランスから入った突き当たりのスタジオと呼ばれる正方形の部屋。今回のキューレーションで集まった作家7人は、二部屋に振り分けられています。今回、ぼくは入り口に近い方のA室、そこを4名で使うほうになっています。展覧会のコンセプトのこのお題をどう写真で乗り越えていくのかは、これから考えていきます。