森山大道写真展

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森山大道写真展-Daido Moriyama Photo Exhibition
2016年1月23日 (土) 〜2月20日 (土)
東京芸術劇場
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 池袋にある東京芸術劇場へ行ってきました。久しぶりの写真展。日本の大御所、森山大道をです。いつものことですけれど、閉会ぎりぎりに駆け込みです。会場はパーティションなしの真四角な箱状の作りとなっていて、展示構成も3面の壁をつかった3部構成です。そして会場の中央にはモニターを設置。とてもわかりやすく、明快に見せていました。
 入り口に一番近い右手の壁面には、1983年日本写真協会年度賞受賞としても有名な、『光と影』(1982年発刊)からの作品群の中から30枚のモノクロ(ゼラチンシルバープリント)を、木製黒縁フレーム、白色のマットにいれて、横10枚、上下3段掛けで、壁面の幅を左右いっぱいにつかって展示していました。これまでにも何度も展示されているということもあってのことなのか、奇をてらわず、オーソドックスに並べられていました。お陰で30枚の作品を落ち着いて鑑賞することが出来ました。一番広い正面の壁は、今回の中では一番の見せ場でした。壁の全面に壁紙を貼っていました。展示作品は、写真ではなくキャンバス地にモノクロ・シルクスクリーンでした。そして最後の壁には、近作(2009年〜2015年、撮影地は池袋、新宿が中心)のデジタルカメラによる撮影、インクジェットプリンター出力の作品が60点ほど展示されていました。中央のモニターでは、森山大道氏へのインタビュー、最近の活動の様子が流れていました。

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 会場に居る間気になったのは、写真のサイズと鑑賞する距離です。写真は”版”を中間に作り、そこから最終的なイメージを転写することで、1枚のイメージを仕上げます。複製技術としては版画族ととてもにているのですが、写真がユニークなのは、作品のサイズを拡大・縮小する事がとても容易だということです。今回の森山大道展の中では、展示作品を3種類のサイズに分ける事が出来ます。サイズと鑑賞距離の点からも、とても工夫が多く見られて面白い展示に仕上がっていたと感じました。

私の中に、大雑把なのですが、二種類の展示方法、”映像的”と”絵画的”とがあります。いずれ、この2つの違いについてここで書くことになりそうです。会場右手のモノクロ作品は、森山大道の網膜に映ったイメージを再現、描写、そして断片化したイメージの集合体のようなものにみえました。ページを捲ることでみせていく、映像的展示方でした。モノクロ・ゼラチンシルバープリントの一連の作品は、ひとつひとつの場面やものがクロッピングされ、写真となることで、元々持っていたものの価値が剥がれ落とされ、その隙間に写真特有の価値観が埋め込まれたようにみえました。まるで違う場面なのですが、どこかに共通する何かがあるからこそ、30枚の作品を個別に又は俯瞰していても、まるで写真集のページを捲るように最後まで引き込まれてしまいました。写真をセレクトして、並べてることで、イメージが内包している内容を立体的に見せることの技術の精度がとても高いという事を改めて知りました。一方、展示室反対側の壁面に展示されていたカラー作品群からは、まったく異なる印象を受けました。全体的に平板なイメージを受けてしまい、長い時間見ることが出来ませんでした。この違いがなんなんによるものなのか、僕にはまだ分かりません。因みに、写真作品は、絵画作品とは違って小型なものは大抵何処の会場でも、ガラスの額のなかに入っています。そのため、作品に対してミリ単位まで近づいて見ている人達をよく見かけますが、その人たちは、暗室技術を確認しているのだろうと思います。

シルクスクリーンの作品では、版からイメージサイズを網点がみえるほどに拡大し、鑑賞距離をあえて一歩遠ざけさせる、そのような物理的、そして心理的なバリヤーを作っていました。はじめに壁紙の眼ですが、まるで作品を見ている私が見られているような、常に監視されているような強迫観念に襲われます。私の解釈は、写真的なのかもしれません。アンディーウォーホール(ポートレート作品の中にも並んでいました)のような大量生産時代の複製技術、反復を前面に押し出していた頃の美術家達が行っていた反復との違いを感じました。写真の内容は、ある1枚は、目で画面を見るというよりも、もっと近づいて、その感触を試してみたくなります。他の1枚は、鑑賞者の心の中へ飛び込んできて、舐め回されれたり、驚かされたり、待ち伏せたり、蝶のように逃げたりします。壁面にに並べられた複数の大きな作品は、一望することは出来ないので、鑑賞するために近づいたり、離れて見たりしなくてはなりません。とても巧みに様々なことが連動し鑑賞者の気持ちを落ち着かせない構成となっていました。最後に向かいの白壁、眼を引き伸ばした作品が1点だけ掛かっています。まるで対になっているようで、印象的な1枚でした。この1枚だけは、イメージが裁ち落としではなかったように記憶しています。小さいことですが、見せ方を構築していくためには必要な技術なのでしょうか。

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映像
見始めたら、尺が長いのに驚きました。森山大道氏の近年の活躍を、ビデオで見ることが出来るので、興味をもって楽しむことが出来ました。印象としては、森山氏が元デザイナー時代があってのことなのか、ムービカムの前でも、自然体で自分を出すことを出来る人だということを感じました。寧ろ、森山氏を取り囲むまわりの人達の方が意識しすぎているくらでした。ぼくも美術館から、美術家の制作過程を動画で記録する仕事をしてきましたが、作家の個性が見ることが出来て、とても興味深かったです。ある意味、出来上がった作品を記録撮影するのとは、全然違う方向にレンズが向いているのではないでしょうか。

フォスター+パートナーズ展:都市と建築のイノベーション

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2016年1月1日(金・祝)ー2月14日(日)
展望台 東京シティビュー内スカイギャラリー 六本木ヒルズ森タワー52階

森美術館で『フォスター+パートナーズ展』を見てきました。少しまえに、青山でみた『リナ・ボ・バルディ』展も建築展でしたが、より現代的で、かつもう少し造形的な内容に仕上がっていました。フォスター卿の仕事への哲学を伝えることよりも、これまでの業績を伝えてくれる模型とパネルで展示室が埋め尽くされていました。もっと詳しく知りたいのであれば、会期中に行われるディスカッション形式の関連企画へ参加するのがいいように思います。個人的に残念なのは、フォスター+パートナーズの仕事のどれも実物を見れていないことでしょうか。

 今回の「フォスター+パートナーズ展」の中で一番印象深かったのは模型でも映像でもなく、建築のスケッチでした。そもそも模型の量は大量なのですが、その割にはスケッチが少ない気がしました。会場の壁面には、フォスター卿の言葉が大きく書かれていました。スケッチや言葉からは、建築家としてのリアリティーに触れることができるので、模型以上に時間を掛けて、書き写してきました。少ないなかにも、カレ・ダールのスケッチはとても興味深かったです。ぼくは此処へは一度も行ったことがないので、現地の立地条件を詳しくは分からないのですけれども、新旧の建物が対峙する作りになっているようです。旧は3世紀に作られたローマ神殿であるメゾン・カレ。新はフォスター卿の作品、芸術情報センター。展示されていたスケッチとは、現地へフォスター氏が訪れたときに書いたものです。そのスケッチなかでメゾン・カレを中心とした時間のベクトル、人の流れ、人間の視線など、様々なエネルギーを感じ取って、矢印にして書き示してありました。
多分、近い未来に現地で”カレ・ダール”を見たときに、ぼくは建築物ばかりに目を向けてしまって、その場のエネルギーのベクトルまでは感じられないです。なぜ、この建物がこのような造形ぶつとなって、この場所にあるのか、その必然性についてまで考えが及ぶとはとうてい思えません。フォスター卿自身も言っているように、「建築は軽やかさと自然の芸術である」のように、鑑賞者としては意識がそこばかりにいってしまいがちです。会場内で映し出されている作品紹介ビデオはまさに、鑑賞者目線の先にある光と空間、時間を記録再生してくれていました。
 今回目にとまった”カレ・ダール”の1枚のスケッチは、建物(芸術情報センター)が建ち始める前のプランを考え出すための現地取材に描いたものなのではないでしょうか。その時には、造形的なことよりも、まずはこの場で自分は何が出来るのかという問いに対しての答えを見つけ出そうとしている時です。そんな、まだ雲をつかむ様な時に見つけ出したのが、あの場でのエネルギーのベクトルだったのではないでしょうか。新しい場所へ行くと、制作意欲が上がるとかはよく聞く噺ではあるのですが、フォスター卿があの場にたって、何を見ていたのか、制作へのヒントが少し分かったような気がしました。

今回の展示で、今年度の六本木界隈の美術館による展示はあと『六本木クロッシング2016』展が現代美術では最後の大物になりそうです。『村上隆の五百羅漢図』展も含め幾つか見には行きました。五百羅漢図展あまりの物量に驚かされました。今回制作された新作への評価はずっと先になるのではないかと思わされるほどチャレンジングなことをしているのだとおもいます。『アーティスト・ファイル2015』展の志賀理恵子はいまMoMAで行われている写真展の方でも出品しています。今後の活躍が益々楽しみです。

トークプログラム「1990年代の美術」府中市美術館

2000年に開館以来、色々とお世話になってきている府中市美術館。
先週の週末に、府中市美術館の講座・トークプログラム「1990年代の美術」の助手としてお手伝いをしてきた。トークの内容は予定の2時間をオーバーするほどの盛りだくさんであった。いつもながら、準備にとても時間を掛け、丁寧に作り上げている。次回は最終回です。2月27日(土)。
詳しくは<https://www.city.fuchu.tokyo.jp/art/teens/heisei27nenkan.html>

今回アートプログラムないで紹介された幾つかの本の中から主な二冊を此処に書き残しておこう。

トークプログラム「1990年代の美術」
日時:1月30日(土曜日)午後2時~4時
対象・費用:一般向き・無料

内容
ポストモダン意識の深化からシミュレーショニズムやプライベートな表現が重視された1990年代の美術を考えます。「戦後70年の日本美術」第6回。

講師
武居利史

書籍

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シミュレーショニズム (ちくま学芸文庫) 文庫 – 椹木野衣 (著)

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under the shadow―杉戸洋作品集 単行本 杉戸洋(著)

*画像は共にAmazonより