ポートレート写真

最近、セルフ・ポートレートを撮した。これは、いま通っている写真クラスの課題のためだったこともあり、始めはどうしたらいいのかもわからないまま、悩みながらとにかく撮していた。撮影の為に準備したのは、三脚とレリーズ、そしてトレペ。とにかく完成形のイメージが浮かんで来るまで、撮しては確認をしながら、色々試していた。
セルフ・ポートレートがとても久しぶりだったこともあり、勢いに乗り始めたら、シャッターを切る度に様々な事が頭に浮かんでくるようになって、一日では終わらずに翌日も撮影は続いた。その時は、2枚作って終えたわけなのだけれど、久しぶりの人物撮影だったこともあり、もう少し続けていこうかと思う。

0323

『三分一博志』展

https://i0.wp.com/farm2.staticflickr.com/1719/24961493563_e24fd23b61.jpg?resize=500%2C334&ssl=1



このところ建築に目が向いています。その一番の理由は、今度の5月に川口のアトリアで開催されるグループ展へ向けたリサーチです。建築家は僕にとって憧れの仕事でもあるので、かなりの長い時間、遠くから眺めてきています。今回も始めは軽い気持ちでした。しかし、しだいにはまっていく理由は、きっと建築に対してはリアルな感覚を覚えるからです。そして偶然手に取った『三分一博志』展のチラシの裏面に書かれていた、本人の言葉がとても印象的でした。

少し前に別の展示の感想の中でも書いたが、建築家達が自分の作品を構築していくために、現場でどのような手法で、どのようなことをリサーチしているのかに興味があります。展示会場に行くと参考になるのは、模型や図面だけではなく、ドローイングやスケッチです。(オペラシティーで見た『アンダーカバー』展の時にもファッションデザイナーのスケッチを数多く見ることが出来た。)そして更に、三分一博志氏は、時には長期にわたって写真撮影を行うとうということが展覧会紹介のホームページに書いてある。参照:ギャラリー間様々な手法を使って、思考の手助けをしているようです。

三分一博志氏はご自身の制作テーマの為に、どのようなリサーチをされているのでしょうか?”建築がいかにして地球の一部になりうるか”がテーマだということのようです。更に展示サブタイトルから想像出来るように、建築と自然、をも視野に入れていることが伺われます。個人的な思い出になりますが、数年前にニューヨーク州に滞在していた時に西洋建築と東洋建築の違を実感したことです。日本家屋では、主の座っている所から、庭までが、ふすまを開けると、部屋をまたいで串刺し状、地続きとなっています。屋外と屋内との境界も曖昧ですし、作り方にも様々な工夫が施されています。しかし、私が滞在したニューヨークの家では、大きな壁、高い天井、明かり取りの広いはめ殺しの窓によって外界から私たちを守ってくれていました。厳しい環境下のなかで安定した住環境を築き上げて来ることを主眼に求めてきたから、いまの形が出来上がってきたのでは無いでしょうか。”建築がいかにして地球の一部になりうるか”というのは、日本人の自然崇拝と近いような気がしました。武満徹作曲の『ノヴェンバー・ステップス』(英: November Steps )を思い起こさせます。

https://i2.wp.com/farm2.staticflickr.com/1467/25495650121_a7ff938fbe.jpg?resize=500%2C334&ssl=1

写真でも、オルタナティブなことを行っている作家はたくさんいるので、今後もそちらの事にもアンテナを向けて行こうと思います。建築の展示は実物を持ってこられないので、企画側の苦労も多そうですが、内容の濃いものを出してくれていれば、まだまだ見に行きたいです。

参照

『デザイン脳を開く―建築の発想法/宮宇地 一彦 (著)』

『境界―世界を変える日本の空間操作術/隈 研吾 (著)』